その5.スイスイ一族のお菓子の家の巻 作/ナオコ・ハーン


  暑さのせいでハマヤ一行は疲れ果てて、沈黙の中、歩いていた。ふと、ハチェベェが立ち止まり鼻をヒクヒク鳴らしながらつぶやいた。
「なんか甘い、いい匂いがせんや?」


 ハチェベェの鼻を頼りに進んでいくと、向こうに大きな茶色の家が見えた。近寄ってよく見ると、屋根にはツヤツヤのキャラメルがびっしりと重ねられ、煉瓦のように見えた壁はオレンジの皮とナッツを練り込んだ固いクッキーでできていた。
 ニッケの木のドアを押すと、甘い香りが漂う広い部屋の中で、数十匹の小さなねずみたちが何やら忙し気に動き回っていた。木の実を刻んだり、生クリームを泡立てたり、小麦粉を振るったり、みんな自分の仕事に一生懸命で不意の客人に全く気づかない。
「あのぉ、すんまっせん!」
そのハマヤの大きな声に驚いて、ねずみたちは直立不動のまま一斉に振り向いた。一番小さなねずみはびっくりして、抱えていた卵入りのボウルを床に落とした。
「驚かせてすんまっせん。実はノドがカラカラなんです。冷たい水を1杯飲ませてもらえませんか。俺達は決して怪しい者じゃなかです」

 その時、奥のドアが静かに開き、白いウサギと黒いウサギが入ってきた。白いウサギは透き通るような声で静かに言った。


「旅でお疲れのご様子。こんなところでよろしければゆっくりおくつろぎ下さい。さ、どうぞこちらへ」
 通された奥の部屋で一行は荷物を降ろしていると、さっき驚かせてしまった一番小さなねずみが飲み物を運んできた。トレイの上に載ったその飲み物は、陽の光を受けて黄金色にキラキラと輝いている。ゴクゴクとノドを鳴らしながらその爽やかな飲み物を一気に飲み干すと、あんなに疲れていた身体がみるみる元気になるのがわかった。
「ああ、うまかった。ところでこの飲みものは何? 身体の疲れを癒す効果的な成分が入っているということは、プロテインやビタミン群が豊富に含まれているのかい?」
と物知りジテンヌが尋ねた。

小さなねずみは下を向いたまま、か細いけれど玉が転がるようなきれいな声で答えた。
「ううん、そうじゃないよ。裏の畑の隅で採れたショウガをたっぷり刻んだり絞ったりしているのがはいってるの」
 小さなねずみはそう言いながら窓のそばのマーブルチョコレートのボタンを押した。するとウエハースのブラインドがヒュルヒュルと上がり、窓の向こうには、たわわに実をつけた果実の樹木が一面に広がる広大な土地が見えた。しかし、ちょうどその畑のど真ん中に、周囲ののどかな風景には不似合いな巨大な鉄柱が立っている。そのてっぺんには格子がついた部屋があって、どうやら誰かが中に閉じ込められているようだ。

 いつの間にか後ろに立っていた白いウサギがハマヤたちに話を始めた。
「私達スイスイ一族は人を幸せにするお菓子を作り皆から愛されていたのですが、それを妬んだアク・シャウツ菓子店が魔女の力を借りて私と弟をウサギの姿に、うちで働いていた職人たちをねずみの姿に変え、おまけに父と母をあの鉄柱の部屋に閉じ込めてしまったのです。“お前たちが作る菓子がそんなに旨いのなら1度に100個ぐらい軽く食えるだろう。そんな客が現れるまでその姿のままでいるがいい!”と…」

 白ウサギがそう言い終えるか終えないうちに、突然白い煙が立ち込め、

 


それが晴れた時には、そこに一人の美しい女性が立っていた。すらりと伸びた脚、白い肌、吸い込まれるような美しい瞳…。一同は思わず息を呑んだ。
「誰?誰が私達の呪いを解いて下さったの!」
 美しい女性は、弟の黒ウサギならぬ黒い瞳をした美しい青年と、駆け寄ってきた父親、母親と抱き合い喜んだ。
 台所の方で何やらグォーッ、グォーッという声がする。そーっと覗いてみると、キッチ・ヨムが赤い顔をして幸せそうに床に倒れ込んで眠っている。そしてその横には、お酒の香りがほんのり残る緑色のお菓子の包み紙が山のように積み重なっていた。

「まぁ、この人が私たちの自慢のサバランを盗み食いして、呪いを解いて下さったのね」
そう言うと、気持ちよさそうに眠っているキッチ・ヨムの頬にそっとキスをした。
「もう食えんて、これ以上食ったらヤバイて……」
 キッチ・ヨムは夢の中でもまだ何かを食べているようだ。




もちろんネズミはいませんが、スイスの工場では、みんなに喜ばれる美味しいお菓子を一生懸命作っています。
●スイス九品寺工場

 

その6へつづく(7月末発信予定)