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白の陣幕を張り渡した吹き抜けは
結界のように外界を隔てる。
そこで行われる人前式にマイクはない。終始なごやかな会話が飛び交うなか 儀式はすすみ二人の節目の瞬間に立ち会う。
シンプルなことだがゆえに深い。
原点回帰。
「村の長老に聞きながら自分達で やるような冠婚葬祭を意識している」
話しぶりが 丁寧な矢部出身の婚礼担当 津川嬢はそう 説明してくれた。
思えば、昔から我々は自分達で自分達の 節目を区切ってきたのだ。
このシンプルな儀式には ホテルの一室の 神社も、祈る人がいない写真館のような 教会も要らない。
その場に集まり、古来から使い込まれた道具 のような「型」としての作法に寄り添えば、 自然と節目の日が刻まれていくのだろう。
この日は「木遣り」が歌われた
。 東京深川や諏訪神社では時々耳に出来るのだが、 熊本で聴けるとは思わなかったので驚いた。
「木遣り」はもともと木を切り出す時の仕事唄。
木遣りの「木」と気持ちの「気」をかけて 皆の気持ちを相手に送る、
そういう大事な 祝い事でも歌いつがれてきたのだが、
今では 林業の衰退と共に廃れ 日本中探しても 見つけることは難しい。
聞くと今日の唄い手のおじいちゃん達は全員 現役の木こりさん達でなんと今でも作業唄と して歌っているという
。再び驚いた。本物だ。
祭壇への階段をゆっくりと昇りながら 頭木遣りの地声が見事に響き渡る。
思わず山の風景が見えるような気がした、 と思ったら突然唄が止まった。
「?」
頭が新郎に何か聞いている。
「あんたの下の名前はなんだったかね?」
「え、哲郎です」と新郎
。頭が笑いながら 再び唄い始めた。
「てつ〜ろぉ〜」と即興で 名前を入れていた。
皆も笑いながら再び階段をあがっていった。
ふとここに居る全員が家族のような錯覚を 覚え 原点の儀式を知る人には敵わない ことを嬉しく思った。
紅の世界が拡がっている室内は披露宴。
なぜ紅なのか。宴席のテーマは「寿」。 そのひとつが紅なのだ。
中国では結婚式などのお祝い事はとにかく 紅一色でこれでもかと紅づくしになる。
紅はカニや海老などの甲殻類にちなんでいる 。
定期的に脱皮する彼らにとってその瞬間は 殻が柔く危険な状態となる。
にもかからわず 成長していくために果敢に脱皮していくのだ。
宴席もこの紅づくしに影響されてか やや興奮気味にすすんでいるような。
「仏跳牆」(フーティェシャン)にも興奮した。 知る人ぞ知る超高級料理。
すっかり高価なもの となってしまった干し鮑やフカヒレ 干貝柱 などいわゆる「乾貨」
を数十種類えんえんと 蒸すだけでつくるスープなのだが調理料を 一切いれない 。
塩も入れない。材料の旨味 だけで味を引き出す。

「寿」の字が百種類書かれている百寿図も ありがたそう。
寿桃なる桃饅頭も頂いた
。餃子も縁起の いい食べ物だそうで家内安全を祈念して お正月に食べるのが中国式らしい。
食後に出てきた八宝茶も寿か。
人前式に較べると宴の進行はノーマルに 進行していく。
隣の席の若い女性が親しげに接客員と話して いる。知り合いか、と聞くとこの店の常連 だそうだ。
なるほどレストランには日常がある。
「御結婚される前もされた後も息の長い お付き合いがお客様とできるのが嬉しい」と 語るはここのヒゲのマネージャー淵上さん。
最後の寿はドラが叩かれた。爆竹と同じく 邪を払う意味がある。船が出航するときに 航海の安全を祈念したという。
この寿達が効くかどうかは定かではないが 大事に思う人達への願いがこんなにたくさん 形となって使われてきたのは事実だ
。 誰かに守られたり支えられたりして人は 成長していく。ありがとうという 気持ちを行き交わせながら つかの間の 宴が結ばれていった。
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