その1. ワニ池の番人!? 作/テイ・コーラン


 セカンドサイトの重い鉄の扉をようやくこじ開けた。中はひんやりとして薄暗い。ハマヤ一行はそろりと進んだ。戦いに疲れ切った身体が重く、今にも動くのを拒否しそうだった。
“水だ”
目の前にはイスラム統治時の名残だろうか、モロッコ様式の池が広がっていた。
“バシャッ”
しぶきが跳ね、不気味な軌跡がすばやく水面をはしる。
「ワニだ!」
一同息を呑む。池は深く、ここを渡らなければ内部に入れない仕組みらしい。力持ちのゴーリキ・スニフコフが呆然と呟いた。
「ワニには、かなワニ」
「…」
誰もなにも言わなかった。


「ナニガ所望ジャ?」
甲高い割れた声が突然響いた。
池の向こう岸に何か小さくうごめく影。あわててハマヤが返事をする。
「え〜と、え〜と、ここを渡りちゃーとですがー」
「ナニ?」
つい故郷の言葉が出てしまった
「ここを渡りたいのですが、どうすればよろしいでしょうか?」
宇宙共通語で改めて言い直した。
「バカモン!ワシハ、ソンナツマラナイコトヲ聞イテオルンジャナイ」
出て来た影は子犬くらいある大きな蛙だった。しかも両足で直立している。
「わわっ」「げげっ」

一行から出た驚嘆の言葉は奇妙にでかいこの蛙を傷つけたようだ。
「珍シクナイワイ!オマエラノホウガ、ヨッポド珍シイワイ!見ロ!ワシノ目ヲ!アンマリオマエラガ、珍シインデ飛ビ出テシモウタワイ!」
よろけりながら叫ぶ不気味な蛙の足元に焼酎のビンが転がっているのを鋭いハマヤは見逃さなかった。(しかも白岳しろ)
「いや失礼いたした、緑色の方よ。あなたの色があまりにも綺麗なのでつい、たじろいでしまった。許されよ」
「ナ〜ニガ許サレヨ、ダ。カッコツケンジャネ〜、コノタンソク水カキヤロウ、クヤシカッタラ冬眠シテミロッテンダ〜」
蛙は赤い顔を更に膨らませて悪態をつき始めた。慌て者のハチェベエがイライラして叫んだ。
「このケロケロ野郎!おめえの仕事は門番だろう。酒飲んでヘロヘロしてええのか!」
蛙の目が変わった。

「言イ付ケルノカ?言イ付ケルンダロウ?ダッタラ絶対通サンモンネ」
“しまった。こいつは弱みを強みで押し通すタイプだったか”
「悪かった。誰にも言わんから、通してくれえ」
ハチェベエが慌ててなだめようとするが、蛙は正当な理由を得たかのように勝ち誇っていた。
「♪トオ〜サン、トオ〜サン、オヒゲガ濃ユイノネ♪」
象さんの替え歌を気持ち良さそうに歌い初めている。蛙の単純な口の構造にしては良く発音出来るものだと観察力鋭いハマヤが、はっとあることに気づいたようである。
              
「カエルよ!我々の話を聞いてくれ!」
ハマヤが叫ぶが、蛙はなかなか歌いやまない。
「ヘビッ!」
試しに叫んでみると蛙はギョッとして立ち止まった。
「カエ〜ルよ!よ〜く聞けい!私は予言者であ〜る。予言者を粗末に扱うと天罰が降るぞ!」
蛙は明らかに動揺し始めた。
「予、予、予言者ダト?ヘヘン嘘ヲツケ。ナ、ナ、何カ証明シテミロ。予言者デアルコトヲ。未来ノコトト、過去ノコトヲ当テテミロ!」
ハマヤは落ち着きを払って言った。
「未来は簡単、我々は無事。過去も簡単。君はさっき握り飯を食べながら、米焼酎を呑んでいただろう」
蛙は口をポカンと開け、その場にペタンと座り込んだ。
「何デ、分カッタ。ソノ通リダ」
「私が予言者だからだ」

蛙が深く考えこまない内に早く渡らなければ。
「さあ、通してもらおうか!カエル君!」
蛙は、のろのろと立ち上がり、後ろの方から何かズルズルと引き出してきた。蛙の卵だった。蛙は悲しそうに肩を落とし、ワニに卵を食べさせ始めた。
「何をしてる!やめないか!大切な卵だろう!」
「サア、今ノウチニ池ヲ渡ッテクダセエ、予言者サン達。ワニハ蛙ノ卵食ッテルトキハ絶対動カナイカラ。早ク渡ッテクンロ」
次々と卵をワニに与えながら蛙は目に涙をためていた。

「わあっー!」「急げぇー!」
一行は口々に喚きながら池に飛び込んだ。
「カエルぅ!やめろ!自分の卵に何てことを!」
蛙は黙々と卵を与えながらつぶやいた。
「コレガ、ココノヤリカタナンダ。昔カラソウダ。ソシテコレガ、オレノ仕事ナンダ」
向こう岸に上がっても全員無言だった。荒い息使いと水のしたたる音が響いていた。蛙の手元には卵は残っておらず、池を唖然と見つめる姿が悲しげで痛々しかった。
「…予言者サン。教エテオクレ。何デオレハ“蛙”ナンダ?」
ハマヤは苦渋の色を浮かべながら言った。
「すまん。カエル。俺は予言者じゃないんだ。だから答える事ができない…」
「‥ソウカ」
蛙は小さくつぶやいた。
「‥イイサ、知ッタトコロデ、ドウナルモンデモナシ‥」
「ちょっと待って」
一行の中で一番物知りのジテンヌが今回初めて発言した。
「僕が聞いたところによると、中華料理に田飛尾蚊(タピオカ)というもんがあるらしくて、それは蛙の卵にそっくりらしいよ。もしかしたらそれでワニをだませるかもしれない」
「ホントカ!モシソレガ可能ナラ他ニ望ムモノハ何モナイ」
ハマヤは蛙を抱きしめながら、田飛尾蚊を見つけたら必ず持ち帰ることを約束した。別れ際、ハマヤが蛙に言った。
「カエルよ。俺も何で俺が俺なのか、知らない。戦う意味も、敵が一体何なのかさえ分からないんだ」
「‥イツカデイイ、モシ分カッタラ俺ニモ教エテクレ」
一行が蛙に背を向けセカンドサイトの大廊下を下り始めた時、ハチェベエがハマヤに耳打ちしてきた。
「カエルに聞いたんだが、池の底に靴や帽子が一杯落ちてただろう。ありゃー、入ってきて、いきなりドブンッてやっちゃった人達のものらしいぜ」
「お客様にくれぐれもお気をつけてくださいって言っといてくれ」
「‥ぇえ?…」

セカンドサイトサイトの旅は、始まったばかりだった…。

池の番人の"カエル"君。酔っぱらったお客さんが、誤って池に落ちないよう、口から水を吐いて見守っています。
●セカンドサイト正面入口の池

 

その2へつづく