その2.鬼館長ハーヤシの巻 作/ヴェマーヤ


 砦の中は暗く、見上げると天井は宇宙まで届くような錯覚さえ感じてしまう程高かった。ふと、耳をすますと何やら上の方から楽しげな歌声が聞こえてくる。音に向かって、手探りで進むと螺旋状の階段が見つかった。
ハマヤが皆より先に進むと、
「どこまで行くかわからんグルグル階段ば見よると、腹までグルグルして上りきらんばい」

と食いしん坊のキッチ・ヨムが言った。携帯食が切れた一行にとって、体力の消耗は、これから先なにがあるかわからない砦の中は危険であった。

「とにかく、上で何か宴会みたいな事があってると思う。うまくいけばそこで食い物にありつける。まずここは、自分一人で偵察してくる」
そう言うとハマヤは、歌声が聞こえる方へと階段を上がって行った。

 空腹と疲労でこれ以上、もう上れないと思った矢先、目の前に今まで見たことがないような美しい花で飾られた入り口が現れた。そうっと見つからないように中をのぞき込むと、長い廊下に幾つもの扉が見える。誰もいない事を確認して廊下に出ると、例の楽しげな歌声は、それぞれの扉から聞こえていた。身の危険がないと思ったのかハマヤは、ひとつの扉の前で叫んだ。

「すんまっせーん!」

 誰も聞こえなかったように歌声は続く。もう一度、今度は大声で叫んだ。
「聞こゆっですかー!すんまっせーん!」
と、突然歌声が消え、辺りが水のように静かになった。
“わちゃー、ちょっとやばかばい…”
と思った瞬間、



目の前の扉が消え、四方から柵のようなものが飛び出して来て、あっという間に牢屋のような部屋に閉じ込められてしまった。
「なんじゃーおまえはー!」
ギコギコと歯車が怒ったように鳴りながら、そこに真っ赤な顔をした人間の頭に機械の体を持ったへんてこりんな生物?が現れた。


「すみません。歌声に誘われて来てしまいました」
「ははーん、おまえも、この館の年に一度の花まつりの歌声にさそわれたな!」
「あなたは誰ですか?」
「俺様は、この砦内の館の長、ハーヤシなるぞ!」
「私はどうなるのですか?」
「ふふふふ、この館は、人間のあらゆる欲望がいくつもの部屋となって分かれて出来ている。おまえが今、囚われている部屋は、ただ、めしが食いたいという食欲の部屋だ」
「ここは部屋ではなく、牢屋ではないですか。どうしたらここから出してもらえるのですか?」
「はっはっはっは。鬼館長と呼ばれる俺様が簡単に教えることができるか!ここで一生、花まつりの歌でも唄ってろ!」

 そう言い残すと鬼館長ハーヤシは館の長い廊下の奥へと消えて行った。牢屋の外から聞こえていた楽しげな歌声は、悲しい嘆きの歌声に変わっていた。
 ハマヤは、牢屋の外の部屋の扉に目をやると、それぞれに名前が書いてある事に気が付いた。


「怒り、恐れ、虚栄、偽善…、そうか!わかった!この館は人間のエゴを閉じ込める部屋で出来ているんだ!自分はこの館を見つけた時、残された皆の事を忘れて、自分だけ先に食い物にありつけると思ってしまった。それがいけなかったんだ!」
とハマヤが気づいた瞬間、目の前に眩いばかりの閃光が走った。
「はははははは!よーく気がついた!さあ、お前の連れは、もうすでに花見をやりながら、一杯やっとるぞ!」
 鬼館長ハーヤシの声に、ハマヤが目を擦りながら辺りを見回すと、牢屋や廊下は消え、楽しい歌声に包まれた花見の宴の真ん中にいた。鬼館長ハーヤシがニコニコしながら、皆に特大ジョッキのキリンビールを渡している。
「おーい早よこんや!なんか知らんうちにめし食って、酒飲んでウニャウニャ…」
酔っぱらったキッチ・ヨムがハマヤを呼んでいる。
“だれも俺の苦労ば知らんね。”
ハマヤは一人つぶやいて笑いながら、館の花見の宴に加わった。

ハマヤが囚われた部屋は、現在カラオケができる楽しい部屋へと変わっています。囚人になりたい人はココへ!?
●花畑公民館「牢屋の部屋」

 

その3へつづく