その4.双子のイルジャルとディーノの巻 作/京町大王


 魔の砦セカンドサイトの朝は早い。砦の内側側面には、旅人や兵士、難民、近所の住人たちの亜空間耐用スカイバイクや、旧式の反重力エンジンを積んだライトバン、自走式簡易ゲタなどが係留できるデッキが張り巡らされていた。その一角に今日も忙しいイタリアンカフェの店内を飛び回る双子のイルジャルとディーノの姿があった。
 二人は、幼い頃戦乱の中で両親と生き別れ、砦にたどり着き、このようなカフェで働くようになるまで成長していた。


 その日の午後、客もまばらになった店の片隅で、二人は最近話す事の多い自分たちの両親の事を思い出していた。
「イルよ」
「なんだいディーノ」
「聞いたぜよ」
「何をぜよ」
「おやじはどうもここから遠くないところにいるらしいぜよ」
「探しに行くぜよ」
 最近ある行商人から父ナカムラの情報をディーノが聞き付けたのだった。なんでも砦からさほど遠くないオーツ省ゴーヤ谷自治区上空の亜空間テリトリーに『ハニワ農園』という空中菜園があり、そこの主がどうも父ナカムラらしいというのだ。

 夜明け前、二人は先日手に入れたばかりの中古のホンダ?電気式移動雲で砦を出発した。移動雲は軽快に地表千メートルを時速65キロで、やや高度をあげながら北上していく。飛びながら二人が歌うカンツォーネは爽やかで、耳もとを過ぎる風は喝采であった。


 亜空間テリトリーは激しい時空間4次元戦争のあとに生じた曖昧な空間で、ゴーヤ谷上空にもはがれた地表が浮遊する4次元亜空間が存在していた。二人の駆る移動雲はその亜空間に入りつつあった。空中浮遊物がだんだん多くなり、それを避けながらの操縦はなかなかにコツがいる(なにせパワステなどない)。スッピ帝の戦闘機の残骸や生ゴミ、ペットボトルなどが通り過ぎていく中、家が立つほどの大きさの地面が斜めになって空中に音もなくふらついている様をディーノは飽きもせず眺めていた。

「おう!おうおうおう!見てねーでテメーも探せっつうんだよ!」
イルジャルがディーノに文句を付けた。ちょうどディーノは2坪の小さな空中島に張り付いている4人の時空戦士らしき者を見つけたところであった。
「るせー、今人に道聞こうと思ってたんだ。それそこのちっちぇー島につけろ、そこだよ、そこ、ほれ、あっ!このバカチン!!」
 移動雲の先端がそのミニ空中島にぶすりと刺さっていた。プッスー−ンと、いってホンダ自慢の50cc炭酸ソーダエンジンが止まった。4人の戦士らしき者たちは、よく見ると地面にへばりついてピクリとも動かない。

「えー−こんちまた」
「えーー、いいおひよりでげすな。てへっ」
外出用のハタ付きとんがり帽子をぬいでイルジャルが声をかけても、誰も返事をしない。“かわいそうによっぽどひでー目にあったにちげーねーぜ。”二人は、そう思ったがハニワ空中菜園に行く道を聞かねばどうにもならない。と、その中の一人が突然つぶやいた。
「ハマヤが食い物があるって砦から飛び出すから…」
「ぶぅああかぁ…キッチ。おおおまえが先ににに…」
「ハチェチェチェ…ベェェ腹腹腹…」
 よく見ると皆の手足は、やせこけ、飢えによって倒れている事に二人は気づいた。根が優しい二人はすぐ、外出の時には手放さない調理道具セットと材料を取り出し、自分の店で出している自然栽培野菜を使った栄養たっぷりのイタリア料理を作ってやった。4人は涙を流しながら出された料理をむさぼり喰い、赤ワインをがぶ飲みした。
 その中の一人ハマヤという戦士が元気を取り戻したのか二人に話かけてきた。

「セカンドサイトという砦の中で食料を探していたら突然4次元亜空間が目の前に現れて…」
「ハニワ空中菜園を見なかったげすかい!」
  とにかく身の上話よりと思ったせっかちなイルジャルが尋ねると、ハマヤは上の方を指さすしぐさをした。


「おい、急いで位相を固定するんだ!」
 ディーノが4次元ナビシステムでハマヤが指さす方向を測定し、イルジャルが移動雲のエンジンをかけるやいなや二人はもうすでにハマヤたちの前から消えていた。ワインがまわったのか、まだ上を指さしながらハマヤはしゃべり続けていた。
「う、う、上から4人ともここへおっこちて来たっていおうと、したんだけど…」

 丁度その頃同じ亜空間ゾーンにおいて双子の父ユージン・ナカムラは10ヘクタールの自分の空中菜園『ハニワ農園』の人工太陽の応急処理にやっきになっていた。直径2メートルの人工太陽はナカムラの『何−−んにもしない農法』を支える大切なものであった。ナカムラは泣きそうになっていた。肉体労働用ゲルショッカーは“イー!イー!”と叫ぶばかりで働かないし、2週間前に蒔いた種はことごとく双葉で涸れてしまっていた。


「疲れているのだな、おれは…」
ナカムラはクシャクシャのミニスター(30本入り)を取り出し、火を付け、ふかぶかと吸い込むと、ふと突然、生き別れになった双子の息子の事を思い出すのであった。
(地上にいるのか?おれの息子は…)
 島のがけっぷちに立って遥か下の地上を見やりながら、そう思った瞬間、足元の地面が突然崩れ落ちた。気まぐれな重力がナカムラを土くれといっしょに落下させはじめたのだ。
時速230キロで落下しながらナカムラは今までの人生を走馬灯のように思いめぐらせていた。
「あっもうだめ、もう死ぬもんね、おれ」


と突然、目の前が真っ暗になりピカッと光った次の瞬間、目を開けると帯電した雲の上に落ちていた。目の前に二人の青年が立っている。
夢で見た成長した双子の息子イルジャルとディーノそっくりだ。そこら辺をあてずっぽうに走り回っていた二人の移動雲の上に奇跡的に落下したのだった。

 3人が親子であると確信する時間は、必要でなかった。ナカムラが自然に喜びのカンツォーネを歌い始めたからだ。そう、二人が出発した時に空で歌ったものと同じカンツォーネを!
「アモーレ!カンタービレ!」
3人は、ほぼ同時に叫んで固く抱き合った。



双子の名が付いたイタリアンレストランからは、砦内部の形状がよくわかります。自走式簡易ゲタがあるかも?
●イタリアンレストラン・イルジャルディーノ

 

 




契約菜園から送られる無農薬野菜など、身体にやさしい素材を使ったイタリアンと数々の美味しいワインをどうぞ。
●メニューのひとつ、ピッツア・マリナーラ

 

 

大津町「まごころ農園」の野菜はユージン中村さん達が心を込めて作ったもの。食べると元気が出てきます。
●畑をバックに、ユージン中村さん

 

 

その5へつづく(6月末発信予定)